『ちょうだいサイン』とは?──支援の現場で繰り返し見てきた行動
「言葉が出ない」「発語がない」──
2歳・3歳。言葉が出るはずの時期を過ぎても、思うようにコミュニケーションが取れない。
そんな悩みを持つ親御さんは少なくありません。
これまでにも、このテーマについて記事を書いてきました。
👉 2歳・3歳でも言葉が出ない理由──発語を止めている“生活のパターン”とは?(前編)
👉 2歳・3歳で言葉が出ない原因は“2人の犯人”──支援現場で分かった意外な落とし穴(後編)
今回は少しトーンを変えます。
「これだけは絶対にやってはいけない」
そんな関わりがあります。
YouTubeのサムネのようで、私自身少し抵抗を感じる言い回しですが…。
ですが、10年以上現場で支援してきた中で、
「これをやると、言葉とコミュニケーションの成長が止まる」
そう断言できる関わり方を、何度も見てきました。
しかも、それを「良かれと思って」教えてしまう支援者が一定数います。
はっきり言います。
その方法を教える支援者は、正しい支援を学ばずに現場に立っている可能性が高い。
その問題となる関わりとは、『ちょうだいサイン』です。
それでは順を追ってみていきましょう。
出張カウンセリングで繰り返し目にする行動──『ちょうだいサイン』
親御さんからの依頼で出張カウンセリングに伺いました。
しばらく見ていると──こんな場面に出会います。

(無言でパチパチと手を叩く)



これは何ですか?



要求のサインです。おやつが欲しいとか、抱っこしてほしいとか…



お母さんが教えたんですか?



別の支援機関で教わって…



……。
このやりとりを、私は10年間で何度も繰り返してきました。
出てくるのは、もう“お決まり”の万能アクションです。
- 手をパチパチ叩く
- 手のひらをスリスリする
- 「チョーダイ」と言う(それだけ)
これひとつで、おやつもおもちゃも抱っこも全部叶う。
いわば「1粒で2度も3度もおいしい」要求パターンです。
私たちはこれを『ちょうだいサイン』と呼んでいます。
そして──お子さんがこれを覚えていると分かった瞬間、
私はがっかりを通り越し、目の前が真っ暗になります。
言葉の成長を止める『ちょうだいサイン』──何がいけないの?



えっ?これの一体どこが問題なんですか?



一見、良い行動にも見えますよね。だからこそ、厄介なんです…
親御さんは、良かれと思って教えてきたのですから、戸惑うのも無理はありません。
でも、この『ちょうだいサイン』の問題は、とてもシンプルです。
子どもが「ジュースが飲みたい」「おもちゃがほしい」など要求を伝えることは、とても大切です。
問題なのは、その伝え方です。
パチパチと手を叩く、スリスリと手をこする──
こうした“決まったポーズ”で伝えれば、大人はすぐに動いてくれます。
一見、なんの問題もない。
むしろ「分かりやすい」と思えるかもしれません。
ですが──
特に自閉傾向や知的な遅れがある子にとっては、これは言葉とコミュニケーションの発達を止める習慣になってしまいます。
たとえば:
- ジュースが欲しければパチパチ
- テレビをつけてほしければパチパチ
- 構ってほしいときもパチパチ
この“パチパチ”1つで、全部叶う。
そうなると子どもは、相手を見る必要も、声を聞く必要もなくなっていきます。
つまり、『ちょうだいサイン』を教えるということは──
目も耳も頭も使わずに、「機械的に手を叩けば、周りが動いてくれる」
これを教えてしまう、ということなんです。



確かに、手を叩くだけで私を見なくなってきました



見る必要がないんですよね。パチパチだけで通じますから
頭を使わない。相手を見なくなる。
それが習慣化すると、言葉とコミュニケーションはそこで止まってしまいます。
シンプルですが、重大な問題なのです。
発語を止める悪い習慣──修正は、そう簡単ではありません
一度身についた習慣を変えるのは、誰にとっても簡単ではありません。
特に、自閉スペクトラム症の傾向が強いお子さんや、重度の知的な遅れがあるお子さんはなおさらです。
『ちょうだいサイン』のような、ひとつで何にでも使える便利な方法を教えてしまうと、
大人が新しい言葉を教えようとしても、子どもにとっては



もうこれで足りてるのに?
という状態になります。わざわざ難しいことを覚える理由がないのです。
しかも新しい方法を学ぶには、これまでのパターンを壊さなければなりません。
特性のある子どもにとって、その変化は大きなハードルです。
その結果、こうした状態が起こります。
- 少しの変化に耐えられず、すぐかんしゃくを起こす
- 同じサインを機械的に繰り返し、それが通じてしまう
- 言葉が出ないまま、そのサインがさらに強化されていく
こうして積み重なると、本来もっと伸びるはずだった子が「非常に重たい障害」と見なされてしまいます。
これが、私にとって一番悔しいことです。
それなのに、そうなった子や親御さんを前にして
「もともと重かったんでしょうね」と言う支援者もいます。
(実際、いま支援しているお子さんの中にも、そう言われてきたケースがあります)
違います。本当は、もっと伸びたはずなんです。
でも、『ちょうだいサイン』を教えてしまったせいで──
「見ない・聞かない・話さない」という状態が、作られてしまったのです。
親にとって受け入れがたい現実──『ちょうだいサイン』の落とし穴
難渋する理由を、もうひとつ挙げます。
「手をパチパチ叩く」「手のひらをスリスリする」──
こうした“お願いポーズ”は、大人から見てもすごく分かりやすいです。
だから、つい応じてしまう。
しかもこのサインは、家の中だけでなく、幼稚園や保育園、外出先でも通用します。
いわば、どこでも使える“万能リモコン”のようなもの。
一度覚えてしまうと、その流れを止めるのは簡単ではありません。
また、親御さんからすれば、せっかく覚えてくれた数少ない行動を、
「それ、実はよくないんです」と言われたら──やっぱり受け入れがたいですよね。
低年齢のうちならまだ改善できますが、それでも決してラクではありません。
そして支援が遅れるほど、そこから言葉を獲得するのはさらに難しくなります。
実際、私はいくつもの幼稚園や保育園、こども園で支援をしてきましたが、
『ちょうだいサイン』が原因で“見ない・聞かない”が定着してしまったお子さんを、毎年何人も見ています。
『ちょうだいサイン』がダメなら、何をすればいい?



答えは、“パターンを作らないこと”です
お決まりのパターンひとつで、すべての要求が叶う──
それが、『ちょうだいサイン』の最大の問題点でした。
では、どうすればいいのでしょうか。
答えは、「毎回違う」という状況を作ることです。
たとえば、こんなイメージです。
子どもがジュースが飲みたくなったとき、お母さんに近づいていくと、お母さんは自分のほっぺを触っている。
子どもがそれを真似して、ほっぺを触ると──ジュースを注いでもらえた。
ところが、その日の午後。
またジュースが欲しくなって近づいていくと、今度はお母さんはお腹を触っている。



あれ?ほっぺじゃないの?
その次は頭、次は“ねんね”のポーズ、ほっぺ、腕をスリスリ、…あれ?
子どもからすると──



え?今度はどれ?何が正解なの…?
という、“予測できない状況”が生まれます。
でも、正解は、実はすぐ目の前にあります。
何が起こるかわからないからこそ──



なるほど、お母さんをよく見なきゃ…
これが成立します。
もちろん、最初は「???」となって当然です。だからこそ、最初はどんどんお手伝いします。
間違ってもズレても全然OK。むしろ「ナイスチャレンジ!」と褒めるところです。
少しずつレパートリーを増やしながら、
動きを少し変えたり、連続技にしたり、ときには“フェイント”も入れてみたり…。
そうやって、相手をしっかり見る・真似してみるという、
言葉とコミュニケーションの“土台になる力”が育っていきます。
つまり、パターンではなく、「ランダム性」こそが大事なのです。
こうした関わりを続けていくと、実際にこんな変化が現れます。



親をしっかり見て、大人の真似をするようになりました!
こうして毎日の生活そのものが、言葉とコミュニケーションを育てる“環境”になっていきます。
最後に、親御さんへ
今回は『ちょうだいサイン』が言葉とコミュニケーションの発達を妨げてしまう理由をお伝えしました。
残念ながら、今の支援現場では『ちょうだいサイン』を“支援”と信じて教える専門家も少なくありません。
そのため、この記事を読んだ親御さんの中には、「やり方を否定された」と感じられた方もいるかもしれません。
しかし、誰かにとって耳の痛いことだったとしても、「良くないものは、やはり良くない」──
はっきりと声をあげることが大切と考え、この記事を書きました。
今回の記事が、お子さんへの関わり方を見直すヒントになれば幸いです。
言葉の遅れについて悩んでいる方には、こちらの記事も参考になります。


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