クレーン現象は「様子見で大丈夫」なのか──親の手を使った要求行動の何が問題か
子どもが、何かしてほしいときに、私の手を掴むんです…
子どもが親の手や腕を取って要求する行動があります。支援の現場では、これを「クレーン現象」と呼びます。


私の出張療育でも、よくいただく相談の1つです。自閉スペクトラムの特性が強いお子さんに見られることが多いです。
手が届かないとか、開けられないからなど、「それならまあ…」と思うかもしれません。
その一方で、「自分でやった方が早いでしょ?」という場面でも、あえて大人の手を取る場合もあります。
なんで自分でやらないんだろう…
親御さんからすると、なんだか不思議な感じがしますよね。
療育の現場でこのような相談を受けると──
じゃあ、もっと良い要求の伝え方があるので、練習していきましょう。
と、お伝えして、早速具体的な対応方法をお見せする場合もあります。
しかし、正直に言えば、私の頭の中ではこんなことを考えています。
この行動は、できるだけ早く卒業させたほうがいい。
これが本音です。
「なぜクレーンを早く卒業させる必要があるのか」。今回の記事では、その理由を発達支援の現場からお伝えします。
欲求は大切。でも、腕を掴まれたら…正直痛い
クレーンって、やっぱりよくないんですか?
はい。そう考えていいです。順を追って説明しますね
まず大前提として──
子どもの「欲しい」「食べたい」といった欲求そのものは、とても大切です。欲求が強い子であるほど、コミュニケーションの練習も進めやすいです。
しかし、問題になるのは──
その欲求をどう伝えているか
ということです。
親の手を掴んで要求することについて、親御さんの多くは、こんなふうに感じています。
言葉が遅いのだから、仕方ないかと思います。ただ…
ただ?
ギュッと掴まれると、やっぱり痛いです。
1歳の頃なら、まだ「可愛い」で済んだかもしれません。けれど2歳を過ぎると、赤く腫れたり、爪の跡が残ったりします。
2歳半になると、爪が食い込んで「痛っ」と声が出るくらいになります。3歳になると、痛いどころか、青あざになることもあります。


身体接触は「痛い」「怖い」──同じ行動でも意味は変わっていく
私の療育では、親御さんと大切なことを共有します。それは──
身体接触は、基本的に「痛い」「怖い」
この前提です。
毎日一緒に過ごしている親であれば、慣れや「我が子だから」という気持ちがあるかもしれません。
でも、相手がまったくの他人だったらどうでしょうか。
おもちゃを取ってほしい。飲み物を出してほしい。要求そのものは大切でも、腕をグッと掴まれたら、心地よいとは感じません。
そして、子どもは成長し、月齢が上がるにつれて力も確実に強くなっていきます。
子どもの握力は、2歳頃で約3000g、5歳になると、およそその2倍になると言われています。
力だけではありません。こんな場面を想像してください。
見ず知らずの子どもが2人近づいてきます。1人はヨチヨチの赤ちゃん、もう1人は3歳の子ども。
ちょっと怖いなと感じてしまうのは──
…3歳の子です。
感じ方には個人差があります。ただ、年齢が上がるにつれて、「知らない人の接近」は怖いものになっていく。
これは、ごく自然な感覚です。
「様子見で大丈夫」「無理に止めなくていい」──その助言が問題を先送りにする
試しに「クレーン現象」でネット検索して、見つかったウェブサイトを眺めてください。そこには、だいたい次のようなことが書かれています。
- 多くの場合、年齢とともに減っていくでしょう
- 減らない場合は、専門家に相談しましょう
- 大切なコミュニケーション手段なので、無理に止めさせる必要はありません
一見、もっともらしく見えます。しかし、現場の実感とは大きなズレがあります。
年齢とともに減っていかないケースは、あります。減らないどころか、力が強くなり、激しくなることだって、普通にあります。
「減らなかったら相談しましょう」と言われても、その時点で、すでに行動上の課題がいくつも現れていることが多いです。
もっと早い段階で手を打てていれば──
そう感じる事例を、これまで何度も見てきました。
「無理に◯◯しないでください」という表現は、経験の浅い支援者が使いがちな言葉でもあります。
もし子どものクレーンに応じなかったら、かんしゃくや暴れが強く出るかもしれません。そうなると、対応が一気に難しくなります。
すると、その場しのぎをするために、「無理しないで」という言葉がよく使われます。
しかし、これは問題の先送りです。
クレーンを、幼少期の段階から──
放置せず支援の対象として向き合うべき行動
と捉えている支援者は、多くはありません。
“専門家”の教科書的な助言が、かえって行動を悪化させる理由について──
過去にこんな記事を書きました。
📒「問題行動は無視してください」なんて無理です──子育てを困難にする“教科書支援”の落とし穴
幼少期の「可愛いクレーン」が、思春期に他害行動へと変わっていく理由
幼少期に身についた行動は、思春期や青年期になっても残りやすいものです。
特に、自閉スペクトラムの特性をもつお子さんの場合、いったん習慣化した行動を後から変えることは、簡単ではありません。
小さいうちは「可愛いクレーン」だったはずなのに、体が大きくなるにつれて、親を力強く引っ張る行動へと変わっていきます。
やがて思春期になり、体重や力が大人と同じくらいになったとき、その行動は、「相手を力ずくで動かす行動」、他害として扱われるようになります。
その段階になってから「やっぱり止めさせよう」としても、多くの場合、激しい消去バーストが起こります。
本人からすれば、幼少期から一貫して、同じ行動をしてきただけです。それが、いつの間にか社会的には「不適切な接触」「攻撃行動」になってしまう。
これが、私がこのブログで繰り返し警鐘を鳴らしている強度行動障害に至るプロセスです。



クレーンが、そこまで深刻なの?
そう感じる方もいるでしょう。
けれど、強度行動障害を扱ったドキュメンタリーを見れば、この話が決して大げさではないことが分かります。
なぜなら、そこには必ず──
人に「掴みかかる」場面があります。
この行動は、思春期になって突然生まれたものではなく、幼少期から積み重なってきたものと考える方が自然です。
幼少期の行動が将来の行動障害につながる──
解説記事はこちらから
📒“今は困っていない”が一番こわい──強度行動障害という言葉、知っていますか?
人に触れなくても要求が伝わる生活へ──低年齢からできる行動障害の予防
クレーン行動に対しては、動作模倣やPECS、環境設定の見直しなど、お子さんやご家庭に合った方法を提案します。


ただ、どのケースにも共通する原則があります。
それは──
人に触れなくても要求が伝わる生活
これを目指します。
当相談室で作成した療育漫画に登場するハルくんにも、幼少期にクレーン現象が見られました。
漫画では、言葉の遅れやかんしゃく、親の手を使って要求する行動が、家庭でどのように起きていたのかを描いています。
実際の出張療育の様子をイメージしたい方は、こちらのページをご覧ください。


それでは今回のまとめです。
- 要求を伝えるために、不用意に人に触れる必要はありません。
- 接触がなくても、家族みんなが無理なく気持ちよく過ごせる方法はあります。
- その積み重ねが、将来の強度行動障害の予防につながります。
当相談室の出張療育がどのように始まるのか、漫画で紹介しています。
冒頭の11ページはこちらから読むことができます。


出張療育を漫画で紹介しています
言葉が出ない、名前を呼んでも振り向かない、かんしゃくが激しい──。
実際のご家庭をもとに、出張療育がどのように始まり、親子がどう変わっていくのかを漫画で紹介しています。
冒頭11ページを公開中。全編冊子は無料で郵送しています。
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